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Past Exhibition

Raum

吉田 克朗

触 - Touching -

2013.10.7 - 11.1

出品リスト

1. 無題 1986年
黒鉛、紙
109.0 x79.0 cm
2. 無題 1985年
黒鉛、紙
109.0 x79.0 cm
3. 無題 1986年
黒鉛、紙
109.0 x79.0 cm
4. 無題 1986年
黒鉛、紙
109.0 x79.0 cm
5. 無題 1990年代
黒鉛、紙
109.0 x79.0 cm
6. 触エスキース
79.0 x109.3 cm
7. 触 “体-192” 1992年
油彩、アクリル、黒鉛、麻布
182.0 x227.3 cm
8. 無題 1987年
黒鉛、紙
105.3 x79.0 cm
9. 触エスキース
黒鉛、紙

吉田克朗《触》シリーズの仕事について

吉田克朗(1943年~1999年)は現在「もの派」と呼ばれる作家群のひとりとして知られている。「もの派」とは1968年から1970年ごろにかけて、石や木、紙や綿、鉄板やパラフィンといった「もの」を素材のままに、単体であるいは組み合わせることによって作品としていた一群の作家たちである。「もの派」の仕事はきわめて限られた時間のものだったが、それらの動向について近年再評価・再検証が行われている。

吉田についてもいわゆる「もの派」と呼べるような立体作品を制作した時期はきわめて限られており、1968年~1972年の4年間に集中している。これらはたとえば角材の上に異なる厚さの鉄板をおいて自然にたわむ姿を見せた作品≪Cut-off No.2≫(1969年)や、木に電機コードを巻いてその先に電球をつけた作品≪Cut-off≫(1969年)など、2つのもしくは複数の素材の組み合わせによって表現されている。

このような立体作品を制作しながら同時期の1969年から吉田はシルクスクリーンの作品を制作している。1973年のロンドンの版画工房への留学でフォトエッチングの技法を学び、帰国後は版画作品を継続的に制作し、版画の仕事は晩年まで続けられた。

吉田はロンドン留学後、1974年ごろからドローイングの作品を発表している。残された作品を見ていると、フォトエッチングというロンドンで学んだ技法で版画を制作しながら、ドローイングで新しい展開を見いだそうと試行錯誤している姿が浮かんでくる。そのひとつの成果が以前横田茂ギャラリーでも展示された1976年を中心に制作された≪Work≫シリーズといえよう。版画の原版にもなった吉田自身が撮影した都市風景のスナップショットを使った作品である。

吉田は版画の作品を中心に自身が撮影した風景写真をもとに作品を制作していたが、1983年からはじまる≪かげろう≫シリーズでは人体の一部分が連想できる形を採用している。もともと≪かげろう≫シリーズは写真をもとに一見抽象的に見える風景を、キャンバスや紙の上にアルミ粉を混入した絵の具と油絵の具を使用して描いたものであるが、1985年ごろから風景ではなく人体をモチーフに、その一部を拡大し抽象化したものを描くようになっていた。その代表といえるものは≪かげろう・婉≫(1986年)というタイトルの一連の作品である。

今回の展覧会で出品されているドローイングは≪触≫のシリーズである。
≪触≫のシリーズは1985年のドローイングからはじまる。1988年からはキャンバスに油彩と黒鉛粉で描くようになり晩年まで続けられた。≪触≫のシリーズは粉末黒鉛を手に付けてパ ネルに貼った紙やキャンバスの上にこすりつけて作画をしたもので、手というモチーフを拡大し構成した抽象的な作品である。筆などの道具を使わず直接手で描く。そして画面においている手をモチーフとしていることが特徴といえよう。

今回展示されている作品のうち手を描いた黒いドローイングは1985年11月から翌年にかけて制作された作品で、1988年頃からはじまる油彩の作品につながる試みの過程でつくられた作品であると考えられる。これらは手というモチーフがはっきりわかり、抽象化が進む前の段階だと考えられる。1998年からはじまる油彩画による≪触≫シリーズの多くが大きな画面で手や体のごく一部、それも特定するのが難しいほどに抽象化が進んだものが描かれている。おそらく油彩の≪触≫シリーズをみるかぎりその形のもととなったものを判明するのは難しいであろう。しかしこれら今回展示されているドローイングを見ると≪触≫というのが文字通り「手」で「触」ることから生まれた作品であることがわかる。

この吉田の「手で触ってつくる」ということを考えるときひとつの光景が浮かんでくる。それは1969年に京都国立近代美術館で開催された「現代美術の動向展」における展示の様子である。吉田が≪Cut-off No.2≫(1969年)を展示している様子を李禹煥が書き記している。

(引用) 「ひとりの男(*吉田を指す。筆者注)は、10人あまりの人夫に、長さ10メートルもある太い角材を館内に運び込ませている。そのあいだ男は、それぞれ厚さの違う4枚の巨大な鉄板を油で磨きはじめる。鉄板は次第につやつやしていき、男はますます生き生きしてきた。(中略)ようやく木が運ばれてくると、男は、こんどはその木を丁寧にさわったり拭いたりしながら、人夫たちとともにそれを少しずつ動かしてみる。そのうち木の位置や場所がおのずから定まってきたような感じである。そこへ1枚ずつ鉄板をしなやかに掛けそえていく。鉄板の厚みの違いによって、ふわりとしなるものからピンと張るものまで、それぞれおのれの素性通りの様相に帰るだろう。鉄板と木と男がうごめいているうちに、なんとも名状しがたい光景が現前したものである。」
(李禹煥 「仕草の世界≪現代美術の動向展≫に参加して-京都国立近代美術館」『SD』1969年10月号)

素材に直接手で触り、素材のなかから出てくる姿を見極めていく。吉田の≪触≫にみる姿は実は彼の最初期の「もの派」と呼ばれる作品から引き継がれたものであり、一見、作品として現れる形は異なるが、彼の制作の根底にあるものが今回展示される作品のなかにも見ることができるであろう。

山本 雅美(東京都現代美術館 学芸員)