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Past Exhibition

Raum

小野 耕石

波絵

2017.11.6 - 11.24

出品リスト

1F

波絵
2017年
油性インク、紙、アルミ
360.0×450.0 cm

無題
2003 - 2004年
油性インク、キャンバス
62.0×84.5×5.2 cm

Inducer 07
2017年
油性インク、頭骨、ガラス、エポキシ樹脂
32.5×18.0×13.7 cm

徒花
2012年
油性インク、セミの抜け殻、エポキシ樹脂、磁石
4.0×3.0×2.7 cm

2F

夢緒の離行―深邃
2013年
油性インク、キャンバス
53.0×72.5 cm

この本が
知的要素のみで
成り立った今
それは
美と芸の学術として
成立し
ただ純粋に
絵を描く事を
失ったものである。

2004年
油性インク、顔料
Ed. 1/2・2/2 21.0×16.7×8.2 cm・21.3×16.8×8.2 cm


  

小野耕石 光跡の色

光は闇と共に色彩を生み出し、光は魂の美しい象徴となる。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 田んぼの畔道を彩る真っ赤な彼岸花。その鮮明な田舎の景色は、倉敷生まれの小野耕石の原風景の一つだ。炎のような真紅を下地にすると、シルクスクリーンをときには100版まで刷りインクを積み上げる色層の突起が、離陸するという。別の色で試したが、突起の粒子が根を張り重くなる。
 美と醜について熟考しつつ、夜な夜な蛾の鱗粉と奇妙な複眼の動きに魅せられた大学の研究室。そのアトリエに置き忘れた未発表の作品が幸運にも手元に戻った。キャンバスの粗い凸凹の織目を利用して版を重ねた2対の絵画だ。双方ともやや緑色の霞がかった土色だが、目を近づけると片方は下地が緑、もう片方はローキャンバスに集積された何層かの突起に緑が隠れている。まるで芽吹く命をひそかに湛えた豊穣の大地のように清新。
 「絵を描くことを、失った」という言葉がタイトルの終わりごろに出てくる、漆黒の本がある。ずっしりと重い油性インクによるすべてを封印した辞書。黒の版を重ねたこのオブジェと、先の2対の画布作品から小野は出発し、当初は手書きのドットの版下にインクを刷り重ねる独特な技法を編み出した。版画をベースにしつつも、フラットさを超える5年に及ぶ実践の結実である。学生時代に奈良美智や村上隆らのスーパーフラットの国際的な成功を目の当たりに育った世代だが、彼らより20歳ほど若い反骨のアーティストは、平面とは逆の曲面や立体や建築的なまでに触覚的な表面を目指した。真上からは平坦に見える航空写真のように、小野の作品に現出する地表や海原は、自然や都市の立ち姿の複雑な高度が潜んでいるかのようだ。インクの濃度だけではなく、支持体の紙質によっても突起の堅固さは変わり、倒壊の恣意的度合いが違ってくる。完璧な画面に偶然訪れる色面の崩壊は、コントロールしがたい事故であり、味わいを深める恩寵でもある。
 そんな彼の世界を支えるのは類まれな色彩感覚。色彩派、色使いの達人ともいえる小野は、若い頃ゲーテの色彩論をむさぼり読んだ。知覚や心理に訴える3色の美の原理を方程式に、シャープでカラフルな構築物を、今ではハニカム構造の版下へと進展させた。45度と105度の線が交差する60度の角度で、点の配置はハチの巣状になり、見る位置が変化するにしたがって、つねに最高の色のレイヤーを複雑なミストに表現する。ハニカムに曲線を加えた『波絵』は、最初の展示が岡山の宝福寺だったためなのか、あの世とこの世をつなぐ聖なる蓮華の面影が漂い、モネの睡蓮の水面のたゆたいとたわむれも響かせる。
 ゲーテは光と闇の境界にある色、とりわけ赤に惹かれた。秋の訪れとともに開花する彼岸花、またの名、曼殊沙華は夏と冬の間に咲き、球根の毒が野ネズミなどを寄せ付けないため、死者の埋葬に関連する花、死人花という別称もある。ある夏の日、瀬戸内の犬島で増えすぎた野良猫一斉駆除の後に、きれいに白骨化した猫を見つけた。花を一輪づつ生けるように、時間をかけて手作りした微細な突起を小さな骸骨に移植した。その過程で骸骨に触れる嫌悪感は消え、いつしか見たことのない未知の何かが蠢く喜びにも似た感情に満たされたという。弔いの死化粧というより、闇から光への帰還、ラディカルな越境かもしれない。後ろを振り返ってはならない掟を、つねに破ってきた小野、その得意技と偉業をこれからも楽しみにしたい。

岡部あおみ(美術評論家)

文章は筆者と小野耕石の彼のアトリエでのインタヴューにもとづいている。(船橋、2017年8月2日)


1.『ゲーテ対話集』リーマー、1808年12月3日より。(ゲーテ著『自然と象徴―自然科学論集』高橋義人 編訳・
  前田富士男 訳、冨山房百科文庫、1999年、257頁。)